『出雲‐iZUMOは島でした』  No.5

〈菫(すみれ)色の詩章(ポエム)〉

 

オオクニヌシの妻神‐スセリヒメ大神(おおみわ)は、

その行方知れぬままに、現代(いま)に至るらし……

オオクニヌシの大神(おおみわ)は、天孫系<タヂカラオ・フツヌシ>-

大魔神戦団に、国津系<タケミカヅチ>武神集団が戦わずして、

木端微塵(こっぱみじん)に粉砕される……悪逆非道の、

侵略戦争を目の当たりにし、血涙してお隠れ(自死)成るる。

大神(おおみわ)が二度と復活して、このクニに立たぬよう、

神の国の地獄〈黄泉(よみ)の国〉に——入り口の比良坂(ひらさか)より、

汚して堕(お)とし‐封じ込めて、その上に木造建築-世界一の高さの、

〈出雲の大社(おおやしろ)〉を、怨霊封止(おんりょうふうじ)の社として建築す。

三度(みたび)に渡る、アマテラス〈国譲り劇〉は、

平和裡(り)の和議‐申し立てによるものでなく、虚偽・

捏造(ねつぞう)された〈天孫降臨神話!〉を 現代(いま)ここに訂正(コレクション)す。

 

『出雲‐iZUMOは島でした』 No.4

伊勢神宮と出雲大社は、古代‐創建時より、

支配・被支配的‐関係で、結ばれているるか……

天津(てんの)神‐アマテラス大神による、国津(ちきゅうの)神‐

オオクニヌシ大神(おおみわ)の、《国譲り神話!》は、

平和裡に治める、豊葦原瑞穂(ひのもと)の国への略奪神話(ミソロジー)か。

「葦原中国(あしはらのなかつくに)は我が子が統治すべき!」と根拠示さず、

アマテラス大神が、アメノホヒ神を使者として、

出雲国に送るも、オオクニヌシ大神(おおみわ)を敬ってその神は、

家来となってしまい、次の使者‐アメノワカヒコ神は、

御殿を建てて、見染めたオオクニヌシ大神の娘と一緒となるる。

つづく偵察の使者‐鳴女(なきめ)のキジは、アメノワカヒコ神に、

疑念されて、弓矢で撃ち落とされれてしまった由。

終(つ)いには天津(あまつ)神の最強の軍神‐タケミカヅチ神・

フツヌシ神・アメノトリフネの神の、大戦団を送り込み、

容赦( ようしゃ)無く熾烈(しれつ)な戦さを仕掛けて、出雲・日の本を制圧す。

『出雲‐iZUMOは島でした』 No.3

(はなだ)色の詩章(ポエム)

日本列島でも、時節遡(さかのぼ)ること1万5千年ほど前、

水面下に在った地は、隆起して各地の平野を成形し、

「八雲立つ出雲」平野は、山陰一の穀倉地帯となり、

宍道湖(しんじこ)は、iZUMO側に閉じて、斐伊(ひい)川が流れ込む、

汽水(きすい)湖となり、海水魚と淡水魚が共生する、

ヤマト蜆(しじみ)の大繁殖地となり、湖には、白鳥・雁・

鴨・ホシハジロ……あまたの、渡り鳥の飛来するよ。

出雲 iZUMOは、こんこんと「雲わき出(い)ずるクニ」、

近間(ちかま)の日本海や宍道湖から、立ち昇る水煙によって、

たくさんの雲の産まれ出てくる、イノチ集う古里(まほろば)。

と、雲には真実の姿を覆い隠す、秘めごとの意もあるる。

雲涌(わ)き出(い)ずるiZUMOは、どんな〈真理〉隠している?

『出雲(iZUMO)は島でした』  No.2

神々は<星>に住む生命体、内側に星の光り物質-

マグマを宿した<地球>は、ヒト・カミが共生する

水の惑星……には、捏造(ねつぞう)された古代・太古の歴史と、

あまた神々の惨劇-神話の秘されてあるる。

時節遡(さかのぼ)ること1万5千年前、わたくし達-人類より前に、

生存した<アトランティス>人の文明が、

宇宙(せかい)変革の<仕組み(*)に失敗し、完膚(かんぷ)なきまでに滅された。

広大のアトランティス大陸が、大西洋(アトランティック・

オーシャン)に沈み込み、全地球では大-地殻変動起こり、

大西洋と北米に跨(またが)っていたアトランティス大陸(*)は、

未開地の北米大陸が残り、湿地・水面下にあった、

南米大陸が浮上して、現-アメリカ大陸が造形される。

 

(*)註:《仕組み》=長い間に渡る<神・仏・霊・人間>の生命活動で、汚れ・歪んでしまった<生命・宇宙>を浄化して、正しい働きの世界に変革することですが、その仕組みに失敗した場合は、場所(星・惑星・大陸)は破壊・滅亡することになっている。

(*)註:アトランティス大陸=2億年前に存在したと言われています、旧ローラシア大陸の辺りにありましたが、1937年に南アフリカの地質学者デュ・トワが、太古に超大陸が存在した、とのプレート・テクトニクス理論を発表している。

 『出雲(iZUMO)は島でした』 (タイトル・本文-改訂しました)

浅葱(あさぎ)色の詩章(ポエム)

昔むかし、あるとき(Once upon a time)、

八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)の曰く、

「八雲(やくも)立つ出雲の国は、狭布(さの)の稚国(ちこく)なるかも、

初国小さく作らせり、故(かれ)、作り縫(ぬ)はな」

——幾重もの雲が沸き立つ、雲気・水気の、

生命力の働きに満ちた、出雲(iZUMO)の地は、

東〜西に細長い織布のような、稚島(こじま)でしたので、

志羅紀(しらぎ)・北門佐岐(きたどのさき)・

北門農波(きたどのぬなみ)・高志都都(こしのつつ)のクニの、

余分の地を割(さ)き、引き寄せ<国引き神話!>して、

元稚国(イズモ)と縫い合わせ、iZUMO平野・島根半島、

宍道湖(しんじこ)など、大きなる出雲となりました、よ。

この時、日本列島いたるところで、大地震!

陸地が浮上する、天変地異が起きたらし……。

 

 

『白い館』 ——雪の下の劇場(シアター)

雨が、降っている、

いつもと、変わりない、

いつもより、力強く、

雨脚が延びている、かに。

 

窓を開けると、杉の木の針葉や、

楢樹(ナラ)の広葉に似た、枯れ葉や、

竹林から捥(も)ぎ取られた、竹の葉が、

強風に((あお)られて、

雨となって、降り注いでいる。

東北・奥羽(おうう)の〈弥生(やよい)の丘〉の、

夜陰(やかげ)に建つ、エンジ色の、

西洋瓦の白い館を、取り囲むように、

「ヒュー・ヒュー・ヒュー」と、

ヒトの心の奥に潜む〈不安!〉を、

掻き立てるかに、時々、

風の神(エオロス)音(おん)が、聞こえてくる。

 

ギリシャ神話の、エアロス神から、

雪の女神にバトンが渡され、

〈弥生の丘〉や、坂下の屋根〜屋根に、

ヒト知れず、真っ白い粉雪で、

書き初めの、水墨画アートしていた。

久遠に続くかの、厚い夜の帳(とばり)を、

新春の日の出が、厳かに開け放つと、

東日本の惨劇の太平洋(うみ)では、

朝陽のパテシエが、光り砂糖粉(パウダー)を、

キララ・キラ、キララ・キラキラ

無辺数(あまた)……振りまいているる。

 

これと言った理由(わけ)もなく、

息づまってしまった時、

呼吸を胸・肩でしていて、

空や遠くを見ることを、

忘れてしまっていた心に……

『光りの館』

ぬばたまの長い髪の毛を、三つ編みに結(ゆ)うように、

植物の繊維や茎を柔かくし、細長く撚(よ)り合わせて、

縄を綯(な)って、モノを括(くく)ったり、つなげたりした、

縄文のむかし……祭祀(さいし)に使うのか、

燃え立つ炎(ほむら)を粘土で造形した〈火焔土器〉や、

宇宙服を纏(まと)った宇宙人の姿した〈遮光器土偶〉、

中心に円を空け、中円と線彫りで彫刻して、

小円を散りばめた、「どなたにさし上げる」

チーズ・クッキー素材な簪(かんざし)や、

多様なデザインで、漆塗りした櫛(くし)のにぎり、

10本の、ツララの下がった櫛の歯で梳(す)く、

髪の毛の少女は、どんな衣服〜着ていた、

三千年以上前の、縄文のファッション・デザイン……。 

 

 

 

『おしゃべりはやめて!』 中嶋 稔

「おしゃべりはやめて!」

A Little Less Conversation! (Elvis Aron Presley)

Schweigt stille plaudert nicht! (独語)

Be silent! お「しずかに!]

 

いつまでも、しゃべり続けようとする言葉を、

ほんの少しの間だけ口を閉じて、〈無言・無心の森〉に、

静寂(サイレンス)! してみませんか……。

間を置くこともなく、相手のストレス的な言・動や、

状況にすぐ反応して、否定的な言〜動してしまう癖を、

隣の座椅子に、そっと置いてみませんか?

意識しなければ、正しいことを、正しい事として、

絶対‐確信的に、相手に説く……実は巷間(ちまた)の宗教や、

科学・学問のように、「NO!」と言いづらい、

〈真‐理〉と言う正義を、強要していませんか。

無自覚な説教や講義は、自分イノチの本体の《魂(ミタマ)》の、

澄みきった無心の、言葉ではなかったり……。

 

世界中へ一瞬に、数千万……コンピュータが排出する、

ネット情報の大洪水! 記号化し道具化した、

心・魂(ミタマ)意識を失った言葉が、大氾濫している。

いつからか、サイボーグ化してしまった〈身体・脳〉機能!

無機質に林立するビル街の風景に慣れてしまった眼は

静かに閉じて、CDや電子音がしみ込んた耳孔(みみ)を、

そっと間脳まで塞(ふさ)いでみる。あるいは建物・家‐空間に、

閉じ込めた空気をアロマすることに慣れた鼻腔(はな)は、

森林浴に連れてゆき、陽光‐不要な科学的栽培で育てた、

保存料漬けの野菜・果物の味に馴染んでしまった口腔(くち)には、

そっと有機栽培のチャックをし、アトピーや皮膚病に侵(おか)された、

身体の触(しょく)‐感覚には、清らかな打ち水をして、

今のいまに、絶え間なく、自分を立て置く!

 

「私のワタシの奥の〈わたくし〉とはなに?」

〈無心〉となり、静寂・静謐(せいひつ)にひたれば、眼前には、

忘却していた秘密(ミステリアス)で、神秘的な光景が視えてくる。

沈思(ちんし)〜黙想すれば、神様にも在ると言う、

生命(イノチ)本体の〈魂(ミタマ)〉のする、真理の言(こと)の葉‐〈真(ま)言葉〉が、

サワサワと、小春日和(こはるびより)に吹く風のように、

幾重もの涙で霞んで、靄(もや)いていた心を澄ませて、

お腹の底の底いから……口元に、湧き出て来るる。