《始まりの章》
三日三晩、デスク・ワークでの徹夜状態が続いて、気づいたら宇都美源一自身が真っ青な空間に浮かんでいて、机で仕事をしているもう一人の自分を視ていた。「45856……の56の入力が違っている!」と呼びかけても当然、現実の自分に言葉は通じなかった。世に言う幽体離脱が起きていた。
そのまま何処か遠くに行きたいと思えば、「自由に何処にでも行ける!」との思いが起きていたが、「書類を打ち間違えている自分を置いて、何処かに飛んで行きたい……外国に行くわけにはゆかない」と思ったところで、デスクトップの松葉浩介に「おーい源一、椅子から転げ落ちるぞ!」と呼びかけられ瞬く間に、我に還えることになっていった。
まるで居眠りをしたコト以外、何事も無かったかのようにその日は、そのまま仕事を続けた。幽体離脱したことよりも、「そのままどこか、外国に行けたなら……」のことの方が、惜しい気がしていた。特に最近は中南米のことが気になっている。理由は良く分からなかったが、昼になると異常にメキシコ料理が食べたくなっていた。