散文詩『蔵王連峰の夢想よ氷雪を消さずあれ』No.4

全人まとうど(/大師)の背筋はピント伸び、若々しくて張りのある声と、

一着だけのモスグリーンの背広姿に、老いは訪れては来ず、

十年ぶりの再会で、歳よわい七十五才は過ぎておられた。

神社から少しく離れた所にある岩に腰を降ろし、

昨日の話の続きであるかのよう、唐突にお話を始めた。

「既成宗教や物理科学も、誰人たれひとも妄想・錯覚と言うかもしれないが、

この地球に、“人間は神となる為に生まれて来た!”

それは自然生命が進化してゆく、生命エネルギーの原則の一つでもある」

その言葉に驚きはしなかった……以前、何処かで全人まとうどから、

聞いたことがある、との思いが過よぎっていた。

「生命・宇宙の最もはじめの創造段階で、

“人間は進化して……”」と言ったところで、突然、

全人まとうどを包むように、小さな竜巻が起こり、

後につづく言葉は消えて、それを言い直すでもなくお話を続けた。

〜つづく〜

散文詩『蔵王連峰の夢想よ氷雪を消さずあれ』No.3

天高く晴れ上がった空の下、山肌が露出している熊野岳山頂には、

全人まとうど/大師>と呼ばれたヒトが、すでに来て居られた。

朱塗りのトタン板葺いたぶきの屋根の、小じんまりした神社があり、

手前には石の狛犬こまいぬと獅子が、何を守ろうとしているのか、

神社を背に二柱ふたはしら、じっと鎮座している。

右側の石像の獅子は口を開いて、世界の始まりを表す「」と言い、

足で玉(球)を押さえている。そして〜角が生え口を閉じて、

終わりを意味する「うん」と宣いっている狛犬が中空を睨んでいる。

「阿・吽の神の使い神獣」と言うより、どこから見ても

二対は奇怪な妖怪獣の姿……日の本の、何処の神社にも鎮座している不思議。

屋根はネットで覆われていて、柱や壁面は厳しい風雪に耐えてきたか、

水焼けして、素材の白く色抜けした跡が散見している。

散文詩『蔵王連峰の夢想よ氷雪を消さずあれ』No.2

「扉を開けたらすぐに閉めること!」の細長い表示板は、風に煽(あおら)れて、

ログ風の板扉に音を立てて当り、掛け紐が切れそうになっている。

雪風と一緒に室(むろ)に入ると、円筒形のストーブが真ん中に置いてあり、

火は燃えていずとも石室は暖かかった。

それをコの字型に囲むように、板敷がベッド代わりにも成っていて、

奥は二段ベッド様に設(しつら)えてある。

先程までここに誰かが居たような空気感もあった。

下のベッドの真ん中に、誰に宛てたモノか、

「熊野岳の山頂にいる」のメモ用紙が置いてあった。

異常な寒さの中から急に、暖かい空間に入った為か、

板敷きに腰掛けたまま、半覚半睡(はんかくはんすい)で軽い金縛状態になっていた。

散文詩『蔵王連峰の夢想よ氷雪を消さずあれ』No.1

中島 稔

秋終わりに冬登山の装備もせず、トレッキング姿で、

ロープウェイの地蔵山頂駅を降り、地蔵山から、

熊野岳に向かう山岳道を歩いて行く……と、冷たい風と共に、

晴れていた空からこつぜんと雪が降りて来た。

雪の舞い舞い遊戯を楽しむ間も無く、次第に横殴りの風雪となり、

山稜の両側が切り立った<馬の背>の真中まなかに立っていた。

下から噴き上げる吹雪で視界が狭められ、

急峻な谷底が見えない! 少しく怖れを憶えつつも、

戻る選択肢はなく、眼に見えない何者かに、

先導されているかに先に進み、何度か身体ごと、

吹き飛ばされそうになり、それでも前に押し進んで行った。

あまりの寒さに両腕を上下に振り上げ、

体温を上げようとした右手の向こうに、少し薄くなった吹雪の先に、

石造の建物が見えてきた……メキシコのミニ・ピラミッドを

想起する避難小屋が雪嵐に、どこ吹く風と建っている。