『闇の底いに向かって』No.1

『闇の底いに向かって』  中嶋 稔

人生を山に例えて、

ひたすらに、頂上目指して登ることに、

倦(う)みあぐねた心よ……立ち止まり、

汗ばんだ頬を撫でてゆく、

山あいを渡る風の音を聴き、

ブナ、ナラ樹の葉ずれに耳を寄せる。

アマツバメ、イワヒバリ、頭部がオレンジ色のコマドリ、

ブルーな羽のルリビタキ達のヒソヒソ声や、

小ぶりの角のニホンカモシカや、ヤマネ、

可憐な貂(テ)ン顔に似て、岩をつかむ獰猛(どうもうな)手爪のオコジョの、

山岳を駆け抜けた息のするる。

上ばかり見ていた重いまなこを下に落とす、

微かに水の音が、谷のそこはかとない匂いが届いて来ないか。