『闇の底いに向かって』 中嶋 稔
人生を山に例えて、
ひたすらに、頂上目指して登ることに、
倦(う)みあぐねた心よ……立ち止まり、
汗ばんだ頬を撫でてゆく、
山あいを渡る風の音を聴き、
ブナ、ナラ樹の葉ずれに耳を寄せる。
アマツバメ、イワヒバリ、頭部がオレンジ色のコマドリ、
ブルーな羽のルリビタキ達のヒソヒソ声や、
小ぶりの角のニホンカモシカや、ヤマネ、
可憐な貂(テ)ン顔に似て、岩をつかむ獰猛(どうもうな)手爪のオコジョの、
山岳を駆け抜けた息のするる。
上ばかり見ていた重いまなこを下に落とす、
微かに水の音が、谷のそこはかとない匂いが届いて来ないか。