詩篇『海‐現視』 No.5

 

かつて大地震・大津波に見舞われた被災地は、

またたく間に、コンクリート壁に囲まれて復興するも、

良くよく視ると、眼の前の自然は自己相似性フラクタル——

複雑な形状しているリアス海岸も、

その最小部分を拡大してゆくと、

大きなる何者かが、コピーし創造したかに、

複雑な全体図と同じ形象かたちしている……もはや、

〈自然〉そのものの働きはなく、科学的に、

コントロール、コピーされた、

壮大な自己相似性フラクタル‐図形地かな。

絶え間なく、寄せては帰えす、大波〜小波、

静かにその海に身を投じ、膝を抱え少しずつ、

息を吐き、 海の〈子宮〉に沈んでゆく。

外海の波濤(はとう)音、海風の音、海街の喧騒けんそう音、

海鳥の声、島々の松樹林を吹き抜ける風の楽音(がくね)〜

海も全て無音となり、息を止め〈五感〉の働きが、

ストップした体内に、無音だった内音おんが聴こえてくる。

血管を流れる血液、心臓の音(おん)や、

脳の神経回路に、行き交う情報の電気信号パルス音、

「キーン」との透明な金属音も走る……やがて、

海自体の〈無〉の躍動音や、烈しくも静かな、

地球の回転音……聴こえていないか。

(自然塩を一握り入れて、

お風呂にもぐる、海の擬似体験かな)